をふの日記

毎日頭の中をお掃除するために書く日記

鵜飼の血筋

 

  仕事でお世話になっている方が、鵜匠の家系だったことが発覚した。お爺様の代まで鵜飼をされていたそうだ。ちょうどつい先日、鵜について思いを馳せていたので、不思議なシンクロを感じている。

 

  鵜飼についてにわかに詳しくなったので人に伝えたい。

 

①鵜は、その仕事ぶりから従順な性格だと思い込んでいたが、わりと気が強いそうだ。籠の中を覗き込むとガンガンつついてくるらしく、鵜飼以外の人は鵜の目を覗き込んではならぬ。

 

②鵜には川鵜と海鵜がおり、鵜飼には主に海鵜を使っている。また、繁殖した海鵜を使っているわけではなく、飛来して茨城県に来た野生の鵜を専門の職人さんが捉えて鵜飼に卸している。鵜の価格は1羽10万円ほど。

 

③鵜の首に巻きつけてある紐は、鮎を飲み込めない程度のギリギリの緩さで結んである。鮎以下の小魚なら飲み込んで自由に食べられるらしい。

 

④皇族の方々が海外の来賓を招いて晩餐会を開催する際、古代漁法として伝承されてきた鵜飼を日本の文化として紹介するため、鵜の獲った鮎を宮内庁に献上することが度々あるそう。

 

⑤鵜の獲った鮎と釣ったあゆとの違いは、鵜の嘴の跡がついているかいないか。鵜は鮎を嘴でショック死させるそうで、その方が鮎の味が格段に美味しいらしい。

 

⑥鵜飼漁の際は、ボウボウ篝火を炊くので船内は燃えるように熱い。

 

⑦鵜の通常の食事は、ほっけ。鵜匠は北海道から冷凍のほっけを大量に仕入れており、いつもバケツ一杯にほっけが入っている。

 

⑧鵜飼のシーズンは5月から9、10月あたりまでと短い。それ以外の季節は他の仕事をし、だいたいみな兼業鵜飼をしている。

 

  他にももっといろいろなことをお聞きした気がしつつ、今思い出せるのはここまで。

 そのお話をしてくださった方は、その日全身紺色、その息子さんは全身黒の洋服に身を包んでいた。たしか鵜飼の衣装は全身黒か紺に腰蓑というスタイルだったはず。さすが鵜飼の末裔だ、血は争えない。

  「 時代が時代だったら、私も鵜飼だったんですよ」と去り際におっしゃっていた。

 

  ひとりになってから、もし私の祖父が鵜飼だったら…とできる限り具体的に想像してみた(本物の祖父はフーテン)。脈々と続いてきた伝統の末端に自分が存在しているという誇りと、その伝統を継がなかった父への肯定とも否定ともつかない複雑な思い、翻って自分も隔世で継ぐ可能性が数パーセントでもあることによるかすかな重責を感じた。

 

 たぶん私も鵜飼を継がなかっただろう。ほかにしてみたい仕事がある、鵜が少し怖い、生涯仕事仲間が鵜だけなのは少しつまらない、何度も鵜の死に立ち会うのが辛い、都会に出て暮らしてみたい…継がない理由がつらつらと浮かんできたが、一番の理由は冷え性だからだ。とにかく鵜飼は素足にワラジで水に濡れて寒そうに見える。

 

  ただでさえ冷え性なのに、鵜飼になったらしもやけが悪化し、唇も慢性的に紫色になってしまうに違いない。寒い時期など、行きたくなさすぎて寝込んでしまいそうだ。

 

 冷え性だ?そんな軟弱で軽薄な理由で代々続いてきた偉大な伝統を途絶えさせるつもりか?と見知らぬ誰かに胸ぐらを掴まれそうなので、継がない理由は1番もっともらしいものにしたい。

 

  NPO法人を立ち上げたい、医者になりたい、地質学の研究者になりたい、宮大工になりたい、絵画修復士になりたい…。

  伝統を断ち切ってまでやりたいこととなると、並々ならぬ情熱と努力がないと就けないような、強度のある職でないと許されない気がする。人様のお役に立つというのも大前提に含まれるだろう。

  かえって荷が重くなった。こんなことなら最初から素直に鵜飼になっておけばよかった。

 

  100歩譲って鵜飼になるとしよう。そうしたら、こちらが歩み寄った分、少々融通を利かせてもらいたい。

  高校生の頃、あまりに寒いので真冬にスカートの下に体育のジャージを履いて通学していた。あんな感じで、腰蓑の下にゴアテックスのズボンを履かせてもらいたい。もちろん足元もワラジじゃなくてゴアテックスのハイカットがいい。となると、防水と防寒のために着けているらしい腰蓑がいらなくなってしまった。腰蓑取るか。

 

  あと、頭に巻いているあの布も取りたい。昔からアルバイトを選ぶ時、頭に何か巻かなければならないところは避けていた。まいばすけっと然り、コメダ珈琲然り、ステラおばさんのクッキー然り。

  髪の毛や眉毛を篝火から守るためらしいけれど、三角巾的なものは気恥ずかしいので私はキャップでいく。

 

  天然素材を脱ぎ捨て、化学繊維を見にまとった私がいくら鵜をうまく操っても、それはもはや鵜飼ではない。古代漁法の良さは、私の代で失われてしまった。

 

  

  

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