をふの日記

毎日頭の中をお掃除するために書く日記

ご婦人の小話

 

  最近出会った85歳のご婦人がいる。若い頃は薬学の研究者をされていたそうで、いつも頭の中がスッキリ整理されているような、聡明な話し方をされる方だ。その方から聞いたお話。

 

①なめくじが嫌いなのだが、テレビでナメクジが特集されていた。夫にすすめられて嫌々ながら観てみたところ、ナメクジがいかに賢いかということを伝える内容だったそう。夫に「ほら、ナメクジは賢いだろう」と言われたが、「賢くたって好きになれるもんではない」とのこと。なにか人間界のことを言われたようである。

 

②嫁入りをしてから夫の両親と長らく同居をしていた。嫁姑関係に苦労した。四六時中家事をし、少しでも時間が空けば姑にマッサージを頼まれ、自分の時間を持つこともなく、心を押し殺した数十年を送っていた。

 

  60代になり、姑舅を見送りやっと自由な時間ができたら、それまで抑圧していたわけのわからぬものがマグマのように込み上げてきた。      

  声が近所に聞こえぬように、毎日タオルを口に押し当てて絶叫して過ごしていた。このままでは気が狂ってしまうと思い、夫に「精神病院に入れてください」と頼んだ。「そんな所に入ったら戻って来れないから、歌をはじめなさい」と言われた。

 

  オペラの先生を紹介してもらい「それから数年間は、とにかく歌いに歌いに歌いました。そうしたら治りましたよ」。数年前には「ドラム教えます」の貼り紙を見てこれはと思い、しばらくの間若いバンドマンにドラムを習った。「こんなおばあちゃんが来て先生も驚いたんじゃないかしら」とおっしゃるご婦人は、どんな状況の中にもどこか軽さとチャーミングさを備えている。

 

③公園などを散歩していて、老夫婦が仲良く手を繋いで歩いているのをよく見かけるそうだ。「うちの夫は昔から全くそういうことをしないけれど、見ていると羨ましいです」「私なんかは、夫が出掛ける前に身だしなみを整えるときに、背中や胸をポンポンと払って触れるようにしているけれど、夫はまったく触れてくれない」。多くの妻は同じことを思ってるんじゃないかな。

 

 

  膨大な出会いや出来事や時間の点の重なり合いの上に人は存在しているとは思っていたけれど、ご婦人のその小さな点の1つに私も近頃入れたことが嬉しい。

 

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